その一、波
磯釣りを始めて2年目の秋。
もう、釣りに行きたくて行きたくて仕方がない、毎週毎週休みの日が恋しくて、休日が得られれば海へと足を運んでばかりいた時のこと。
南方で発生した台風が沖縄へと向かいつつある時の週末。
前夜の天気予報では和歌山県南部の天気、晴れ、波の高さ2mと報じていました。
南紀地方での沖磯への渡船は、真冬の季節風による波の場合、波高2mと報じられていても風向きにより出船する場合があります。
ところが、台風による波の場合は波高2mを越えると出船することはまずありません。
この日も全ての渡船店が休みになっており、私は頻繁に通っていた地磯へと足を運びました。
とりあえず、現地の様子を見てから考えよう。
波が高ければ、どこか漁港の端っこで釣りをすればいいやという考えでした。
早朝、エサ屋に到着。
いつもならあふれるほどのお客さんは今日は当然のごとくまばら。
それでも「こんな状況でも釣りをする同じバカがいるんだ~(^○^)」と、変にうれしい気持ちになりました。
エサ屋から30分ほどで目的地の地磯。
駐車スペースから海を見てもそんなに波は立っていません。
目的の岩場も波しぶきがかかった形跡もありませんでした。
安心して竿を伸ばし釣りを開始です。
秋口ということもあって、大型の魚はいませんが、少し波が高く海がざわついているせいか、木っ端グレに混じって、時折型の良いグレが竿を曲げてくれます。
持って帰るには少々小さいし、料理するのも面倒なので全てリリースしながら釣りを楽しんでいました。
釣り開始から3時間ほど、午前10時半頃でしたでしょうか。
潮は引き潮から満ち潮へと変わっていく日で、徐々にうねりが高くなってきました。
ですが、まだ岩がしぶきをかかるほどというのでもなく、足下を這い上がってくる波もたいしたことは無い状況でしたが、念のため荷物類を岩場の高場へと移し、私が立ってるポジションも少し高い場所で釣りを続行していました。
それから20分ほど経過した時、前方の海に隠れていたシモリがいきなり半分ほど見えました、と同時にザザザザと一段と音の強い波の音が.....
ふと、視線を上げると彼方から押し寄せてくる波頭の位置が、今立っている私の目線と同じ位置に.......
波は沖合で低い高さでも陸地に近づくほど高くなっていきます。
「しまった! まずい、やばい!! 逃げなきゃ!!」
あわてて後ろを振り返り岩の高場へ2-3歩駆け上がった途端に.....
ドーンッ!!という波が叩き付けるものすごい音とともに、大量の水の固まりが私の体にぶつかってきました。
私の頭上を遙かに越える波しぶきが私を包んで、釣り竿は手からもぎ取られてしまい、とっさにしゃがみ込んでいました。
この瞬間は非常に長く感じられましたが、おそらく1~2秒も無かったでしょう。
助かった~と思い、衝撃でよろめきながらもその場にずぶ濡れで立っていました。
幸いだったのは、足下のシモリで波が一度砕けて波の直撃が避けられたこと、第二波、第三波の波が来なかったことでした。
釣り竿も幸いに引き波に巻き込まれず岩の途中で引っかかっていました。
撒き餌の入ったバッカンはさすがにひっくり返されて目の前の海面に浮いています。
まだ寒さを感じるような時期ではありませんが、足がガタガタと震えて止まりません。
即座に荷物を片付け、怖々バッカンをタモですくい上げて早々に帰路につきました。